本文へ


欠陥住宅損害論の新展開および近時の二つの最高裁判決 松本克美(立命館大学大学院法務研究科教授)

トップ > 欠陥住宅に関する情報 > ふぉあ・すまいる > 欠陥住宅損害論の新展開および近時の二つの最高裁判決 松本克美(立命館大学大学院法務研究科教授)

欠陥住宅損害論の新展開
及び近時の二つの最高裁判決

立命館大学大学院法務研究科教授 松本克美(京都)
1 はじめに
一昨年の秋に最高裁は、請負人の瑕疵担保責任に基く建替費用相当額の損害賠償請求を最高裁として初めて肯定する画期的判決を下した(最判 2002(H14)・9・24判時1801・77)。今後は、その原審(東京高判02・1・23)がとったような<建替費用相当額認容+居住利益控除+慰 謝料否定>というワンセット論の妥当性の批判が課題となろう。

2 居住利益控除論
(1) 控除判決
前掲の東京高判と合わせて3件の肯定判決がある(東京高判1994(平6)・5・25判タ874・204(欠陥マンション売買)、京都地判2000(平 12)・11・22欠陥住宅判例(以下「欠陥」と略)2・314請負)。いずれも、欠陥住宅であっても居住していたのであるから利益があるとする。
(2) 控除否定判決
これに対して控除を否定した判決として、神戸地判1986(昭和61)・9・3判時1238・118(売買)、大阪地判1998(平10)・12・18 「欠陥」1・84頁(売買)、大阪地判1999(平11)・6・30「欠陥」1・62頁(瑕疵担保責任による売買契約解除)がある。理由は、「不当利得返 還請求権発生の要件についてなんら主張・立証をしない。」(大阪地判)などである。
(3) 学説  控除説の代表は、後藤勇元大阪高裁判事で、居住利益を控除しないと、瑕疵ある建物を全く無償で住居等に使用し、建替えにより新しい建物を取得した原告が 利益を得すぎであるとする。これに対して否定説を全面展開してきたのは、欠陥住宅訴訟のパイオニアであり本ネットの会員である澤田和也弁護士である。控除 説は「まさに手抜き業者に好都合な論理」としてこれを厳しく批判し、所有者が自らの所有権に基づいて使用しているのだから、不当な利得ではない、欠陥住宅 に好きこのんで居住しているわけではなく、やむなく被害者はそこに居住している等と主張する。
(4) 私見
私見も控除否定説である。第一に、欠陥住宅への居住は「利益」ではなく、むしろ「不利益」を継続的に被ったと評価すべき問題である。第二に被害者は自分 の不動産に居住している。以上から、そこに、法律上の原因のない「不当利得」はない。なお控除説は売買契約の場合に目的物の使用利益の返還を肯定した最判 1976(昭51)・2・13民集30・1・1を判例として引用するが、この事案は、中古自動車の他人の物の売買における担保責任の問題(民561)であ り、目的物は通常の性質を有するので、欠陥住宅の場合と同一に論ずることはできない。従ってこの最高裁判決の「判例」としての射程距離は欠陥住宅問題には 及ばないと解すべきである。

3 建物減価控除論
大阪地判1998(平10)・12・18「欠陥」1・84(売買)は、「原告が本訴提起時において耐用年数の伸張した建物を取得することは瑕疵のない建 物価額の回復以上の利益を取得することになり、本来あるべき減価分は控除されるべき」として、9年500万円分の減価を控除した。判決例として知りえた肯 定例はこれ1件のみであるが、近時、青山邦夫・夏目明徳「工事の瑕疵」『住宅紛争処理の実務』(判例タイムズ社、2003)が、「建替えに要する費用か ら、上記のような経済価値の上昇や耐用年数の延長による利益を損益相殺するのが適切であろう」(145頁)としている点に注意を要する。学説は肯定説(後 藤)、否定説(澤田)があるが、私見は否定説である。欠陥のない住宅を引き渡すべき義務を負う注文者、売主が、修繕や建替えに応ずることなく長年にわたっ て争えば争うほど賠償額が低くて済むことになるのは不公平である。本来、居住すべきいわれもない欠陥住宅に長年にわたり住み続けざるを得ないという継続的 な不法行為、債務不履行が存在するのであって、事故で中古車が毀損したり、火事で建物が焼失したというような一回的な不法行為、債務不履行とはわけが違う のである。

4 慰謝料論
(1) 判例動向
これまでに欠陥住宅訴訟で慰謝料が認容された事例は知り得た限りで49件あり、慰謝料請求事例のうち認容率は73%である。分析の結果、①慰謝料認容裁 判例は年代ごとに増加してきているとまでは言えず、慰謝料棄却裁判例も相変わらず存在する。②但し慰謝料を認容する裁判例においては、慰謝料額が高額化す る傾向を見て取ることができる。③財産的損害を多く認定した裁判例が慰謝料を認めず、財産的損害を少なくしか認定しなかった裁判例が慰謝料を認容率が高い という傾向はない。むしろ逆に、財産的損害を多く認定している裁判例の方が、慰謝料認容率が高い。このことは、欠陥住宅訴訟における被害の本質に対する捉 え方が、財産的損害の算定や慰謝料認容にも反映されているのではないかと推測される。
(2) 慰謝料算定要素
判例を分析すると、①被害の特質・程度((a) 不快・不安な生活の継続、(b) 瑕疵の程度、(c) 安全性、(d) 瑕疵の残存可能性、(e) 安心して快適で平穏な生活を送る期待の侵害、(f) 夢の破壊、(g) 親との同居予定)、(h) 加害行為の悪質性、(i) 売主・請負人等の対応の悪さ、(j) 証明されない財産的損害の補充などの慰謝料斟酌要素を析出できる。
(3) 損害調整論との関係
欠陥住宅被害で慰謝料を認容する裁判例は、欠陥住宅への居住自体が安全で快適な居住生活を送る利益の継続的な侵害であり、精神的苦痛を日々もたらす生活 利益の侵害、居住権の侵害であることを明確化している。欠陥住宅への居住は「利得」「利益」として損害額から控除すべき性質のものではなく、むしろ、それ とは正反対に、慰謝料を認容し、増額する要素として位置づけるべきである。また、引渡しから年数がたっているということは、それだけ欠陥住宅への居住とい う不利益の継続年数が長いということであり、欠陥「建物に居住し、不快で非健康的な生活を送ってきたことによる慰謝料」(神戸地判2002(平14)・ 11・29未登載。1年100万、合計700万円の欠陥住宅居住不利益の慰謝料を認容)の増額要素であろう。

5 近時の二つの最高裁判決
(1)最判2003(平15)・10・10は、請負契約における約定に反する太さの鉄骨が使用された建物建築工事に瑕疵があるとされた事例である。従来学 説は、「瑕疵」の中に、主観的瑕疵(契約上の品質を欠く場合)と客観的瑕疵(通常の品質を欠く場合)の両者を含むとしてきた。今回の判決は前者についての 妥当な判決である。
(2)最判2003(平15)・11・14は、下級審裁判例で肯定、否定判決のせめぎあいが続いていた名義貸建築士の不法行為責任を肯定する画期的判決を 下した。原審(大阪高判2000(平12)・8・30判タ1047・221)は、名義貸建築士の責任は損害額全体の「1割程度について相当因果関係」があ るとしたが、今後は責任の割合問題が課題となろう。私見は、被害者との関係での対外的責任は全部責任、責任者内部間では、最終的責任は実際に施工した建設 業者が負い、名義貸建築士が賠償した場合はその分、求償できるというのが基本的考えである。
なお以上の私見の詳細については、「欠陥住宅と建築士の責任」立命館法学271・272号(2001)、「欠陥住宅被害における損害論」立命館法学 280号(2003)を参照されたい。立命館大学法学部のホームページ上からオンラインで閲覧・プリント可能である。  http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/rlrindex.htm♯rits(→こちら

(欠陥住宅全国ネット機関紙「ふぉあ・すまいる」第11号〔2004年4月28日発行〕より)
ふぉあ・すまいる
ふぉあ・すまいる新着
新着情報
2023.11.14
第54回岡山大会のご案内
2023.06.12
2023(令和5)年7月1日(土)欠陥住宅110番のご案内
2023.06.08
第53回名古屋大会配信用URLを通知しました
2023.05.17
第53回名古屋大会のご案内(2023.5.17)
2022.11.18
第52回東京大会のご案内(2022.11.18)