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連載~欠陥住宅訴訟と建築士の役割② 混構造3階建て住宅の事例(前編) 平野憲司 (大阪・建築士)

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【連載】欠陥住宅訴訟と建築士②
混構造3階建て住宅の事例(前編)
平野 憲司(大阪・建築士)

紹介する事例は平成5年に建設された1階鉄筋コンクリート造、 2階及び3階木造の混構造3階建て住宅の欠陥構造の事件です。 一審では原告が敗訴し (慰謝料100万円、 弁護士費用10万円)、 控訴の段階で相談を受け、 関与した事件です。
本件建物は注文住宅として工事請負契約が締結されて工事が行われましたが、 実質の施工者は下請の建売専門の建設業者でした。 そのため、 設計図書は作成されず、 間取り図1枚で建売住宅の長年の経験則で工事が行われました。
施工者は1階の鉄筋コンクリート造の壁を2階建て木造住宅の布基礎にたとえて、 その布基礎を2m程度建ち上げた構造 (建売業者は通称 「高基礎構造」 という。) だと考えれば、 1階の構造の安全性に問題はないと主張しています。 また、 本件建物は 「建売住宅仕様」 であり、 1階の鉄筋コンクリート造には床版がないのが特長だとしています。 大阪府下では、 これまでこの種の3階建て建売住宅が多数建設されてきました。
この事例紹介は2回に分けて掲載します。 今回は判決の建築技術的内容と被告側建築士の主張を紹介します。

■ 欠陥構造の概要と一審判決
確認申請書では、 1階はボックスカルバート (基礎版、 壁、 床版で構成する連続したラーメン構造) の鉄筋コンクリート造ですが、 現状は2階の床版がなく、 鉄筋コンクリート造の壁版で構成された架構と建物平面全域に設けられた基礎版で成立している構造です。 したがって、 本件建物の1階はボックスカルバートではなく、 壁式鉄筋コンクリート造として構造の安全性を確認すべき建物です。
建売業者が1階の鉄筋コンクリート構造を何故、 現状と異なるボックスカルバートで確認申請を行うかといえば、 確認申請書が建築関係法令の規定に適合していることを確認する本来の目的で作成されるのではなく、 銀行融資や水道本管の引き込み工事の手続き上の必要書類として作成されるからです。 そのため、 壁式鉄筋コンクリート構造よりも構造計算が楽なボックスカルバートで確認申請が行われているのが実情です。
ところで、 1階が鉄筋コンクリート造、 2階及び3階が木造の3階建て混構造は、 法第38条 (現行法は削除) の 「特殊の構法」 に該当し、 建築基準法が予想しない構造方法です。 しかし、 平成3年3月27日付の建設省通達 (建設省住指発第113号) は、 通達に示す構造設計方法に適合する混構造の建築物については、 法第38条の規定に基づき、 施行令第3章と同等以上の効力を有するものと認められたと通知しています。 また、 通達は混構造の鉄筋コンクリート造については、 施行令第3章第6節 (鉄筋コンクリート造)、 及び建設省告示第1319号 (壁式鉄筋コンクリート造の安全上必要な技術的基準を定める件) の規定によるものとしていることから、 上記施行令及び告示が混構造の鉄筋コンクリート造に関して法が定める最低の基準を示しているものと解されます。 そして、 本件建物は上記通達の発令以降の平成5年4月に建築確認を受けて建築されていますから、 上記通達の構造設計方法の規定に適合しない混構造の建築物は、 通常有すべき安全性を欠くものとして欠陥があるものと認められます。

本件建物の1階鉄筋コンクリート造は上記施行令及び告示に照らせば、 以下の欠陥があります。
1、 基礎梁の未設置 (施行令第78条の2第2項第3号違反)
2、 壁梁幅 (現状は15cm及び12cm) の不足 (施行令第78条の2第2項第3号違反)
3、 耐力壁厚さ (現状は15cm及び12cm) の不足 (告示第1319号第6第5号ロ違反)
4、 2階床スラブの未設置 (告示第1319号第5違反)
私は本件建物と同様の欠陥事件 (神戸地方裁判所尼崎支部平成9年 (ワ) 第118号損害賠償請求事件) に関与し、 建物を解体撤去して新築する判決を得ています。
ところが、 本件建物の一審判決は、 上記の欠陥を認定しながらも 「構造上の安全性に関する欠陥によって生じる損害は、 原則として, その欠陥を補修して安全性を確保するために必要な補修工事費用と補修工事によって生じる損害であるから、 本件建物を取り壊して新たに建物を建築する費用 (建替費用) が損害と認められるためには、 本件建物の欠陥の内容に照らして、 不足している構造上の安全性を補うべき補修方法がなく、 建替える以外に構造上の安全性のある建物を確保する方法がないなどの特段の事情がある場合でなければならない。」 として 「鑑定人の鑑定結果は、 本件建物について何らかの適切な構造補強をする必要があるが、 壁厚、 二階床版、 根入れ深さなどの建築確認書どおりにすることが現状では不可能であると指摘するものであって、 欠陥及び損害に関する先の認定判断とはその基本的な視点を異にするものであるから、 採用することはできない。」 とし、 「その他の証拠も補修が不可能であると指摘するが、 これらは、 各欠陥によって生じる構造耐力の低下の程度、 その補修方法・代替方法の有無に関する検討などをした上でのものではなく、 結論の指摘にとどまるから、 たやすく採用することができない。 したがって、 建替費用を損害と認めることはできない。」 としています。
この判決は、 被告側の優れた建築士の 「見解」 が影響していると思われます。

■ 被告主張を支える1級建築士の 「見解」
一審では原告及び被告の双方に1級建築士が関与し、 技術的サポートを行っています。 原告側建築士は施行令、 告示, 学会規準等の法令及び技術基準を根拠に欠陥を主張しているのに対し、 被告側建築士は日本建築センター発刊の 「壁式鉄筋コンクリート造設計施工指針」 を準拠基準として各部の構造計算を行い、 構造の安全性に関する 「見解」 を提出しています。 見解の概要は以下のとおりです。
1、 「見解Ⅰ」
(1) 壁式鉄筋コンクリート構造とした場合の規定
① X方向、 Y方向の壁量の検討
X方向 Lx/A=15.5cm/㎡> 
12cm/㎡ OK
Y方向 Ly/A=20.4cm/㎡> 
12cm/㎡ OK
② 高さによる壁厚の検討
H/25=290/25=11.6cm<
12cm OK  
以上より壁式構造としての規定はクリアしている。

(2) 新耐震設計法における柱・壁水平断面積の確保 (設計ルートⅠ)
X方向   3.48 > 1.0
Y方向   5.08 > 1.0
これから判断すると、 どちらの方向 (X、 Y) から地震がきても、 1階は3倍以上の地震力に対して安全であることがわかる。  
1階の耐力壁は建物外周だけでなく、 建物内部にもバランスよく配置されている。 よって、 木造床でも地震力を壁に伝達できると思われる。 また、 開口の上部には、 壁厚と同じ幅の梁が配置されており、 十分架構として成り立っている。
以上より、 本件建物の1階の耐震性は十分あると判断出来ると思われる。

(3)  木造筋かいと鉄筋コンクリート壁の耐力比較
①木造筋かい
Q=α・L・200㎏
α:壁倍率 最高で5
L:壁長さ 1.0m
Q=5×1.0×200=1,000㎏
② 鉄筋コンクリート壁
せん断耐力  Qs=t・L・fs
t:壁厚  12cm
L:壁長さ 100cm
fs:コンクリート許容せん断力
10.5㎏/cm2
Qs=12×100×10.5=12,600㎏
曲げから決まるせん断耐力 
曲げ耐力 M=at・d・7/8・ft
at:端部鉄筋量2-D13
(=2.54cm2)
d :壁の有効長さ 95cm
ft :鉄筋強度  3,000㎏/cm2
M=2.54×95×7/8×3,000=633,412㎏cm 
その時のせん断力は
Q=M/h
M:633,412㎏・cm
h:階高 270cm
Q=633,412/270=2,346㎏
以上より、 せん断耐力は木造筋かいQ=1000㎏、 鉄筋コンクリート造壁Q=2,346㎏となり、 鉄筋コンクリート壁は木造の2,346/1000=2.3倍の耐力があることがわかる。

(4)  1階の壁が木造の場合の検討
施行令46条による壁量計算 (壁倍率5)
X方向 LD/Ln =0.986
Y方向 LD/Ln =1.562
X方向においてLD/Ln =0.986と1.0以上を満足しない。 また、 通常の設計ではLD/Ln =1.5程度を目安にしている。
1階を木造とする場合、 現状の平面プランでは壁量が不足すると思われる。
以上が 「見解Ⅰ」 の概要です。
「見解Ⅰ」 は本件建物が壁式鉄筋コンクリート構造の架構として成り立っており、 耐震性も充分あると主張しています。 また、 木造よりも壁式鉄筋コンクリート造の方が地震に対して強いことがわかるとしています。
さらに、 被告側建築士は、 鑑定人の鑑定結果及び原告側建築士の主張に対し、 建築専門技術を駆使して 「見解Ⅱ」 で反論を行っています。
反論の骨子は以下の点です。

2、 「見解Ⅱ」
「鑑定人は、 本建物が確認申請書と合致しているかを検討しており、 建物の安全性を判断しているものではない。 また、 原告側は指針や設計の手引き等を基に、 本建物がそれらの規定を満たしているかを検討しており、 必ずしもその建物の安全性を評価しているとは言い難い。 何故ならば、 建築基準法第20条では、 建物を地震や風等の力に対して安全であるように設計し、 構造計算によって、 安全性を確かめるよう規定されており、 指針や手引きはその為の1つの設計法にすぎない。
また、 更に建築基準法は、 個々の建物の構造が一定の安全性を備えているかどうかを検証しやすくするために定められているのであって、 それゆえに、 建築基準法は 「別途、 構造計算や実験により安全性を確認した場合、 この限りではない」 と定めている。 (建築基準法38条、 建築基準法施行令81条)
したがって、 ここでは、 問題となっている建物が構造体として、 どの程度の強度・安全性があるのかについて検討し、 基準法で求めている安全性・強度において問題ないことを以下に述べる。

(1) 本件の主体構造 (混構造)
指摘の通り、 現状の建物は規準、 指針、 手引き ((社)日本建築学会発刊壁式鉄筋コンクリート造設計規準(1983年改定)、 (財)日本建築センター発刊壁式鉄筋コンクリート造設計施工指針(1984年版)、 (財)日本住宅・木材技術センター発刊 「3階建て混構造住宅の構造設計の手引き」) の規定に従っていない部分があるが、 規準、 指針等は建築基準法に基づくひとつの設計法にすぎないため、 通常 『別途、 構造計算や実験により安全性を確認した場合、 この限りではない』 と言った項目が見られる。 つまり、 建築基準法の規定に基づき安全性を確認すれば、 規準、 指針等の規定を必ずしも満足する必要はないと考えられる。 ちなみに、 定型的な建築物ではなく、 担当の行政官が簡便に判断できない場合には、 財団法人日本建築センターの審査を受けて、 安全性が確認されれば、 建築確認を受ける道がある。 その場合、 考慮されるのは常に構造耐力上安全か否かが基準となっている。 よって、
以下、 構造計算を行い、 建物の安全性を確かめる。
なお、 日本建築センター発刊の壁式鉄筋コンクリート造設計施工指針1984年版 (以下 「指針」 と略する) を基に検討する。」
被告側建築士は上記検討方針に基づいて、 概略以下の技術的反論を行っています。

(2) 1階鉄筋コンクリート構造体の欠陥部分について
① 2階床鉄筋コンクリート造スラブが施工されていない点について 
本建物の場合、 外周廻りだけでなく、 内部にも耐力壁 (地震時に有効に働く壁) があり、 地震力 (水平力) を1階耐力壁に伝達するのに2階の床の水平剛性 (地震力を伝えるための剛さ) はあまり問題にならないと考えられる。 即ち、 各壁について、 その壁が支えている荷重に対する地震力に対して設計を行う方法、 いわゆるゾーニングの考えで計算を行い立証する。
ⅰ)各ゾーンの壁の平均せん断応力度τの検討
a) X方向
Aゾーン τ=0.71㎏/c㎡<3.33㎏/c㎡
Bゾーン τ=0.96㎏/c㎡<3.33㎏/c㎡
Cゾーン τ=3.18㎏/c㎡<3.33㎏/c㎡
Dゾーン τ=1.12㎏/c㎡<3.33㎏/c㎡
b) Y方向
Aゾーン τ=0.63㎏/c㎡<3.33㎏/c㎡
Bゾーン τ=1.72㎏/c㎡<3.33㎏/c㎡
Cゾーン τ=1.35㎏/c㎡<3.33㎏/c㎡
壁のせん断応力度は、 壁に生じる地震力を壁の断面積で除した数値である。
上記のいずれのゾーンも壁のせん断応力度が指針 (1984年版.37頁) に定める3.33㎏/c㎡以下であり問題はない。 よって、 2階床が鉄筋コンクリート造でなくても建物は安全であると考える。
② 壁式構造の規定に対する厚さ12㎝の壁の有効性について
上部に載る木造2階建ての重量は、 一般的に500㎏/㎡程度であり、 これは鉄筋コンクリート造1階建てにおけるコンクリート屋根重量と同程度と考えられる。
したがって、 重量的に考えると壁式構造における平家建ての壁厚が適用できると考えられる。
それゆえ、 指針に基づき、 壁厚が12㎝でも十分耐力壁とみなせる。 以下計算により立証する。
ⅰ) 2、 3階木造の地震時荷重
T.L=465㎏/㎡
ⅱ) 壁式構造のコンクリート屋根の地震時荷重
T.L=495㎏/㎡
よって、 2、 3階木造の重量と鉄筋コンクリート造平家の場合とは、 ほぼ同じ重量になっている。
③ 耐力壁のバランスについて
2階床は、 剛床でないため、 前述の如くゾーニングにより検討しており、 偏心率 (地震時建物のねじれに対する比率) は本来関係ないと考えられる。 しかし念のため、 ここでは構造計算により、 平面的な剛性のバランス、 即ち偏心率と保有水平耐力 (建物が地震力を受けて崩壊した時の建物が保有している耐力) を求めることで、 耐力上問題がないことを示す。
ⅰ) 偏心率Re
X方向  Re=0.134<0.15
(施行令第82条の3第2号)
Y方向  Re=0.184 > 0.15
ⅱ) Y方向保有水平耐力Qu=154.2t
Qu/Qun=154.2/49.2=3.13倍
Y方向の偏心率は0.184と規定値0.15をオーバーしているが、 保有水平耐力を検討した結果、 偏心による割増を考慮した必要保有水平耐力に対して、 本建物は3.1倍もの保有水平耐力を有しており、 十分安全であると考えられる。  

上記 「見解Ⅱ」 は原告側建築士の各主張に対して、 いずれも構造計算結果に基づいて反論しています。
「見解Ⅱ」 ではさらに、 「④根入れ深さについて」 は建物の滑りと転倒の検討が行われ、その他 「⑤地中梁について」、 「⑥2階床部分の鉄骨梁について」、 「⑦上部木造部分のアンカーボルトの締め方について」 も構造設計者としての検討が行われています。
「見解」 を作成した被告側建築士は、 大阪で有数の設計事務所の構造設計部に17年間所属し、 構造設計部主管で退社後、 現在は設計事務所の代表取締役社長という経歴の持ち主です。 「見解」 の建築技術的展開には説得力があり、 作成者は優秀な建築士であることが明らかです。
訴訟では、 優れた建築士が被告側主張をサポートしますと、 実は大変危険な欠陥住宅が灰色になり、 敗訴する結果にもなるのです。
次号は、 私が 「見解」 に対していかに原告側の立場で反論したか、 その内容を掲載します。

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